絵チャで書いた吸血鬼古泉×牧師キョン

 目を閉じると瞼の裏が臙脂色に染まった。
 あの日、この人里離れた教会にやって来た男が身に着けていた、マントの色だ。
 ステンドグラスから差し込む月光の中、そのマントが翻り、光に透けた髪が金色に輝いたのを覚えている。
 男は自らを吸血鬼だと名乗った。自分が仕える神と相対する、悪魔の化身だ。その言葉を裏付けるように、柔らかな弧を描く唇から、白く尖った牙が覗いていた。
 牧師という自らの立場からすれば忌むべき対象であり、間違ってもその姿を美しい、などと思ってはいけない筈だ。
 そう、あってはならない事なのだ。
 その姿に、心を奪われたなどと。
 なのにあの日からずっと、その姿が脳裏から離れない。広がる臙脂色と、靡く金色が、網膜に焼き付いている。
 神よ、と胸の十字を握り締めて呟く。
 ああ神よ、我を救いたまえ、この身を覆いつくそうとする悪魔の呪いから。
 しかしその祈りの甲斐もなく、ちり、と胸が疼いた。
 いや、それだけではない、もっと奥、身体の内部から湧き上がるものを、自分は確かに知っている。目を逸らしたいのに逸らす事ができず、それは身体の奥底で自我を主張している。
 目を閉じて、ゆっくりと呼吸を繰り返した。指に痛みが走るまで、銀色の十字架を握り込む。
 それでも、その誘惑には勝てなかった。絶望に似た感情が、胸を占める。
 右手に十字を握り締めたまま、左手をそっと下肢に伸ばした。
 紫紺に染め上げられた裾の長い上衣を肌蹴け、更にその下、下衣の中に手を潜り込ませる。
 触れた性器は既に勃ち上がりかけていて、更に絶望を覚えた。
 神に背く行為だと、自覚はしていた。許されない事だ。人気のない教会、中央に掲げられた神の子の像の前で右手に十字を持ち、聖職者の姿でこのような行為に及ぶなどと。
 しかし悪魔の囁きは止まらない。甘く響くあの声が、暗黒の世界へと誘惑する。
 そろりと手を動かすと、微弱な電流が背筋を駆けた。
 少しずつ、ぎこちない動きでそこを擦り上げる。頭の中が自らの荒い呼吸とあの声で満たされ、耳を傾けるべき神の声が遠くなる。

「ん……っ、」

 ぶるりと肩を震わせて、その行為に夢中になる。神の目前で淫らな姿を晒す事に確かに罪悪を感じているのに、それがどうしようもなく興奮に繋がった。

「………っ、あ、あ、」

 目を閉じると、視界が臙脂色に染まる。まるで血に闇を混ぜたような恐ろしい色だ。
 性器に触れているのは確かに自分の指なのに、その臙脂の裾から伸びた指先に愛撫されているような錯覚に陥る。あの男は指一本、自分に触れなかった筈なのに。
 先端から溢れ出した雫が、指を濡らす。この指は誰の指だ、聖職者たる牧師の指か、悪魔にとり憑かれた哀れな人間の指か、それとも妖しく美しいあの男の。
 耳の奥に声が蘇る。
 あの夜耳元で、唇が触れそうな距離で囁かれた、恐ろしく淫靡な声だ。

 ―――あなたはもう、僕のものだ。

 その瞬間、全身を痺れが駆け抜けて、どくりと熱が迸る。忙しなく息を吐きながら、白く汚れた指先をぼんやりと眺めた。
 握り締めたままだった右手を開くと、銀色の十字には薄らと血が滲んでいた。
 ああこれはまるであの色のようだ、と思う。月光を浴びて美しく翻った、艶やかな光沢を持つあの生地の。

 もう、神の声は聞こえなくなっていた。

[20071120] ◆TEXT ◆TOP