例えばの話をしよう

「例えばの話をしよう」

 臨也はそう言いながら、腰を掴んだ手を引き寄せて静雄の奥を抉った。見下ろす背中が大きくしなる。あ、と声が漏れて、だがそれは意思に反していたらしく、すぐに唇が引き結ばれる。

「例えば、あの日シズちゃんが俺を殺していたらシズちゃんはこんな目に遭わなかったかも知れない」

 腰を僅かに引いて、また奥へ。シーツを掴む静雄の手がぶるぶると震えている。快感に流されまいと必死に歯を食い縛る、そんな姿が余計に臨也の情欲を煽るのだと気付いていないのだろうか。

「何で殺さなかったんだろうね、シズちゃんは。いや、どうして殺せなかった、というべきかな? あの日シズちゃんよりも随分と非力な俺に犯されて、なのにシズちゃんは俺を殺せなかった。だからこうしてまた俺に犯される羽目になる。あの日俺を殺していたら──そう思ったことはないかい?」

 問い掛けの形を取ってはいたけれども、臨也は特に答えを待つつもりもないらしい。静雄を背後から貫き、抉り、腰を回すように動かす。
 静雄の中に埋め込まれたものが敏感な部分を擦るのだろう、静雄はその度にびくびくと身体を跳ねさせ、自然と零れ落ちそうになる喘ぎを必死に押し殺している。
 白い背中に汗が浮かぶ。玉のように丸く膨れ上がり、そして臨也が揺すぶる衝撃で、つ、と脇腹へと流れる。それがぽたりとシーツに染みを作るのを、視界の端で捉える。
 シーツにはそんな染みがたくさんついている。汗だけではない、はしたなく勃ち上がった静雄の性器から溢れた先走りは、一際大きな染みになっている。

 感じているのだ、静雄は。高校時代から敵対してきた臨也に後孔を犯され、なのに感じている。

「まあ俺だって卑怯な手を使ってシズちゃんを脅してる、っていう自覚はある。だからシズちゃんは俺を殺せないのかな? でも俺がシズちゃんを脅したのはあの一回だけだ。次はねえぞ、ってシズちゃんも言った。なのに次があったのはどうしてなんだろう」

 臨也が語るのはほんの一ヶ月前、臨也が初めて静雄を犯した日のことだ。

 ──シズちゃんの大好きなトムさんが狙われてるよ。俺なら止めることができる。シズちゃんがほんの一時間だけ、我慢してくれれば。どうする?

 臨也が言ったのはそれだけだ。静雄は素直に身体を明け渡した。安いラブホテルに連れ込んで、その長身を組み敷いて散々に犯した。静雄は何も言わなかった。だが最後に、次はねえぞ、と低く呟いた。
 だから臨也は、次はないと思っていたのだ。しかしその一週間後、池袋で会った静雄に、シズちゃんの身体が忘れられないから、もう一度一時間だけ我慢してよと言ってみた。
 殺されると思った。だが静雄はちっ、と舌打ちをしただけで、臨也の後をついてきた。臨也はまた静雄を犯した。
 そんなことが、もう今日で四回目だ。

「例えば、二回目の時にシズちゃんが俺を殴るなり殺すなりしていれば、俺もそこで諦めたかも知れない。まあ例えばの話だからわからないけど。でもシズちゃんは何もしなかった」

 どうしてかな、と独り言のように呟きながら、弱い場所を狙って擦り上げた。背中が逃げを打つように反り返る。だが何度もそこを狙ってやれば、がくんと首を落とした静雄の喉から低い呻きが聞こえた。
 限界が近いのだろう。ますます強くシーツを握り締める指先を見て、臨也は腰の動きを早める。

「例えば、俺がシズちゃんを犯さなかったら、俺たちはどうなっていたんだろう。今でも殺し合いをしているかな? こんな風に身体を交わすなんてことは、一生なかったかな?」

 ねえシズちゃん、と臨也は言った。
 静雄を容赦なく突き上げながら、情欲に掠れた声で、それでも話すことをやめない。

「例えば、俺が実はシズちゃんのことが好きでこんなことしてるんだとしたらどうする?」

 初めて、静雄が振り返った。噛み締めすぎた唇は赤く腫れている。唾液に濡れた唇を軽く歪めて、静雄は笑った。

「はっ、そんなもん一発ぶん殴って、……っあ、」

 声が途切れる。喘ぎが漏れる。だが臨也は揺すり上げるのをやめないままに、言葉の先を促す。

「ぶん殴って?」

 は、と熱い吐息を零した静雄は、勝気そうな瞳を僅かに細めて言った。

「キスからやり直せって、言って、もう一発ぶん殴るな」

 臨也はその答えに満足し、殴られる前に赤く腫れた唇にキスをした。

[20110108] ◆TEXT ◆TOP