誰にも言えない恋のはなし/本文5ページ目より抜粋
平和島静雄は孤独だった。
自分が人とは違う、と気付いたのは、小学生の頃だ。
きっかけは弟との喧嘩。後で食べようと大切に取っておいたプリンを弟の幽に食べられて、逆上した静雄は台所の冷蔵庫を持ち上げた。
持ち上がると思っていたわけじゃない、ただどうしても持ち上げずにはいられなかっただけだ。
未成熟な身体はその重さに耐え切れず、頚椎を捻挫し、ついでに腕の骨が折れた。
健康体だった静雄が入院を余儀なくされたのは、その時が初めてだ。
それからも苛立つことがある度にその辺りにある机やら椅子やら、その程度ならばまだ可愛いものだったが、そのうち道端の標識やら街灯やら、そんなものを持ち上げては投げ、もしくは振り回し、周囲を戦慄させた。
それでも、悪いのは自分を怒らせる周りの人間だと、最初は思っていた。
そんな静雄が自分の能力を初めて恐ろしいと感じたのは、静雄が怪我をしているのを見かける度に優しくしてくれていた、パン屋のお姉さんが悪者──だと静雄には見えた──に絡まれていた時、気がつけば店の中で暴れ、結果棚の下敷きになったお姉さんの姿を見た時だった。
自分は周りの人間を傷つけてしまう。
それは幼い静雄にとって、恐怖以外の何者でもなかった。
それから静雄は他人と距離を取り始め、静雄の周りから人が減っていった。
幽だけは変わらず静雄の傍にいてくれたけれども、幽は弟であって友達ではない。
強いていえば、同じ小学校に通っていた岸谷新羅は何かと静雄にちょっかいを掛けてきたが、それは静雄の特殊な体質に興味があっただけだろうと考えていたので、新羅を友達だと思っていたかというと疑問である。
新羅と別の中学に入る頃にはもう周りには静雄の膂力に目をつけた、すなわち静雄を倒そうとする者しか近付かなくなっていて、静雄は毎日喧嘩に明け暮れていたのを覚えている。
暴力は好きじゃない。なのに、止められない。
中学に入って一ヶ月、暴力は嫌いだと叫びながら暴れ回る日々は、静雄を荒ませるだけだった。
だが、その頃出会った先輩が何かと目を掛けてくれて、田中トムという平凡なのか珍しいのかわからない名前のその先輩とつるむようになってから、静雄は変わったと言えるだろう。
トムに言われた通り髪の色を染め、「来神中学の金髪はヤバイ」と静雄の強さが噂として広まった頃にはかなり喧嘩を売ってくる者も少なくなってきて、幾分静かな生活を送れるようになっていた。
トムが卒業してからは静雄とつるむ人間はいなかったけれども、名前の通り平和に静かに暮らせるなら、静雄はそれでよかった。
だが、中学を卒業して来神高校に入った時、静雄の生活は一変した。