折本臨誕/本文3ページ目より抜粋





 折原臨也は誕生日を人に祝ってもらったことがない。





 誤解しないでよね、と臨也は言う。
 単にゴールデンウィークの真っ最中だから、学校とか休みなだけだから、と。
「ふむ。じゃあ君の誕生日が平日であれば、引きも切らず誕生日おめでとうと周囲から祝福されるはずだ、と君は言いたいわけだ」
 ゴールデンウィークを数日後に控えた、放課後。中学からの腐れ縁である岸谷新羅の言葉に臨也は当然だね、と頷く。
 わざわざ隣のクラスから新羅の教室までやってきて、勝手に新羅の前の席に座るなり、俺さあもうすぐ誕生日なんだけど、と唐突に話し始めた臨也の、真意が何かわからないまでも話に乗ってやるのが新羅の常である。
 臨也も何だかんだと言いつつ新羅の取りとめもない想い人への胸のうちを聞いてくれるのだから、お互い様なのだろう。それは中学の頃からそうで、高校に入学して一ヶ月弱、交友関係が広がる気配を見せない新羅にとって数少ない友人の一人が臨也だ。
 誕生日を人に祝ってもらったことがない、というのが新羅にはよくわからない。新羅自身両親に祝われた記憶など皆無だが、その分愛しい片想いの相手がちゃんと毎年おめでとうと言ってくれるからだ。新羅はそれで十分満足している。むしろ彼女以外に祝ってもらいたいとは思わない。
「実際、中学の頃はこの時期になれば靴箱に誰からとも知れぬ誕生日プレゼントが詰め込まれていたさ。まあ新羅と生物部を作ってからは、数が減ったような気がするけど」
 溜息混じりの声に、新羅は軽く肩を竦めた。
「僕のせいだとでも言いたいのかい? 心外だな。でもその話を信じるとすると、ちゃんと祝ってもらっているじゃないか。誕生日プレゼントをもらうなんて、それこそ僕からすれば縁のない話だよ。まあ俺はセルティ以外からのプレゼントなんていらないんだけどね。ああセルティ、君はいつ私の気持ちに気付いて俺が生まれたその日に『新羅、誕生日おめでとう。これは私の気持ちなんだが』と言ってそのたおやかな手で歳の数の薔薇の花束をくれるようになるのだろう!」
「突っ込みどころが多すぎてどこから突っ込めばいいのかわからないな」
 宙を見つめて滔々と妄想を語りだした新羅に、今度は臨也が軽く肩を竦める。本当にこの友人は変態という以外にない。首無しの妖精に幼い頃から恋心を抱き、高校生となった今でも絶賛片想い中だ。
 しかも何だ歳の数の薔薇の花束って。乙女でもあるまいし、そんなものが欲しいのか。ついでに一人称は統一しろ。
 心の中だけでとりあえず一通り突っ込み、そもそも何で信じないわけ、俺がこんなことで嘘を吐くわけがないだろ、と臨也は眉根を寄せる。
「だいたい新羅は中学の頃、俺がプレゼント貰ってたの知ってるだろ」
「ああ、そういえばそんなこともあったねえ。手作りのクッキーをもらって、顔もわからない他人の手作りなんて食べられないと言って僕に食べさせた」
「当たり前じゃない。何入れられてるかわかったもんじゃないね」
「その発想が既に君の敵の多さを物語っているよね」
「危機管理ができていると言って欲しいな」
 だいたい新羅だって毒性検査してから食べたくせに、とちらり視線を投げると、当然じゃないか、と新羅が笑う。
「君宛に贈られる手作りのプレゼントなんてね、青酸カリなんかの猛毒が入っていてもこれっぽっちも驚かないよ僕は。中学の頃なんて今よりもっと敵が多かっただろ、例の賭博で」
 それには唇の端を僅かに持ち上げることで答えた。臨也が中学の頃取り仕切っていた野球賭博については、新羅に借りを作ってしまったので、あまり深くは突っ込めない。
 だが新羅はそれ以上その話を蒸し返そうとはせず、小さく首を傾げた。
「で、どうしてそういう誕生日プレゼントじゃ満足できないのさ」
「あんなもの、別に本当に俺の誕生日を祝うつもりなんてないじゃないか。イベントだよ、イベント。俺に直接話しかける勇気もない人間が、一方的にプレゼントという物体に責任を転嫁させて俺に押し付けるんだ。受け取ってもらえれば自分の気持ちが通じた、受け取ってもらえなければプレゼントが好みに合わなかったのかも知れない、ってね」
「はー、なるほど! さすが捻くれてるね臨也は! じゃあさ、結局どうして欲しいの、君は」
 遂に新羅の声に呆れが混じった。新羅の席の一つ前の椅子に背中を預けて、そうだなあ、と臨也は天井を仰ぐ。
「やっぱり誕生日当日にさ、おめでとうと祝福してくれるのが最もその人の気持ちの表れじゃないかと思うんだ。学校が休みなんだったら尚更だ。祝日にわざわざ会いに来るっていうのが高ポイントだよ。そしてその相手は誰でもいいというわけじゃない。俺がこの人にこそ祝ってもらいたいと思える相手じゃないと」

[20110429] ◆TOP