シズちゃんシズちゃん俺それ死ぬから/本文5ページ目より抜粋
シズちゃん──平和島静雄と出会ったのは、高校の入学式だった。
桜舞い散る中、新しい生活、新しい人間との出会いに心躍らせながら新入生達が続々と校門を潜る姿を校舎のべランダから見下ろしていた時に、校門のところで一旦足を止めて、校舎を振り仰いだシズちゃんと目が合った。
あれが平和島静雄だと、俺はすぐにわかった。
その後、俺の中学校の同級生であり、シズちゃんの小学校の同級生でもあった岸谷新羅と一緒に、入学式早々校庭で勃発した、桁外れの強さを見せ付ける喧嘩を見学していた。
噂には聞いていた。来神中学の金髪には気をつけろ、と。奴は人間じゃないとか、屈強な男達を道路標識で薙ぎ倒すのだとか、嘘なのか本当なのかわからない噂を沢山。
それがシズちゃんで、俺は噂の真偽を確かめるべく、是非会って話がしたいと、新羅に頼み込んだのだ。
朝礼台の上から、サッカーのゴールポストを振り回して暴れるシズちゃんの姿を見ていた。
ゾクゾクした。人間の常識を超えた膂力、その圧倒的な強さに。
どうしてくれてやろう。この化け物を。
よからぬことを考えていたのは確かだが、シズちゃんは新羅が俺を紹介するなり、気に入らねえ、と一言吐き捨てた。
まるで獣の勘だ。
「残念。君となら楽しめると思うんだけどなあ」
「うるせえ」
「そんなこと言わないでさ。静雄君?」
俺は親しげに話し掛けたつもりだったのだが、何が気に食わなかったのか、シズちゃんはいきなり俺に殴りかかってきた。
スピードのあるわりに重そうな拳をひらりとかわし、愛用のナイフでシズちゃんのシャツを横一文字に切り裂く。
白い肌に一筋流れる赤が扇情的だった。
それが、最初の出会い。
ちなみにシズちゃんと呼び始めたのはその翌日からだ。静雄君と呼んだ俺に拒否反応を示したのならば、もう少し親しげな方がいいかなあと思って。もちろん嫌がらせだけど。
シズちゃんは本当にその呼び方を嫌がって、俺がそう呼ぶ度に俺を殴ろうと追いかけてくる。俺は当然逃げる。そして来神高校、いや池袋の街では、俺とシズちゃんの追いかけっこ──そう呼ぶには幾分殺伐とし過ぎてはいたが──は日常茶飯事となった。
毎日シズちゃんと追いかけっこをしながら、俺はずっと考えていた。
シズちゃんを手駒にしようと思って近付いた。だがシズちゃんは一目俺を見ただけで相容れないと感じたのだろう。
俺の言葉を聞こうともしない。
すぐにシズちゃんには理屈も言葉も道理も通用しないのだと悟った俺は、じゃあどうすればシズちゃんを手駒にできるか、と考えて、一つの結論を導き出した。
愛し合えばいい。
俺がシズちゃんを愛して、シズちゃんも俺を愛せば、シズちゃんを思い通りにできる、と。
非常にシンプルで、だが実現困難な方法だった。
何故ならば、まず俺がシズちゃんを愛せない。
俺が愛しているのは人間で、シズちゃんは化け物だから。
それでも愛し合うにはどうすればいいのか、答えは一つしかない。
セックスをすればいい。
人間というのは単純な生き物で、セックスした相手には多かれ少なかれ何らかの情を持つ。
俺だって例外じゃない。
だから俺はシズちゃんとセックスをしよう、と考えた。
男同士だとかそんなくだらないことはどうでもいい。そもそも俺は人間をすべからく愛しているのであって、男だとか女だとかいう垣根は存在しないに等しいのである。