尊大にして傲慢/本文7ページ目より抜粋

「それでよ、ダチにお前最近白くなったんじゃね、とか言われてよー。そういや最近海にも行ってねえしそもそも夏なんてとっくに終わってるしよ。このままじゃサーファーどころか丘サーファーでもねえべ? せめてちったあ焼いとくか、と思ったんだけど、日サロの金って馬鹿にならねえんだよなあ。なあ静雄、お前どっか安いとこ知らね?」
「…………」
「おーい、静雄? 静雄くん?」
「静雄先輩?」
 目の前で手を振られて、はっ、と平和島静雄は目を見開いた。ゆっくりと視線を巡らせると、正面に座った上司である田中トムも、その隣の後輩であるヴァローナも不思議そうな顔をしている。
 ここは池袋駅前のロッテリア、昼食時を過ぎて少し人の少なくなった店内の、窓際の席に三人で陣取って食事をしていたのだった。
 人が少なくなった、といっても繁華街を横切るサンシャイン60通りの入り口にあるこの店は、席の殆どが埋まっている。一階の喫煙席の四人掛けテーブルに座ることができた三人は幸運だったという他はない。週のうち少なくとも三回はここで食事をする三人は、上手く客が入れ替わる時間に来店することができたのだ。
 チーズバーガーを食べ終えた静雄は、バニラシェーキを飲みながら雑談に興じているうちに、いつの間にかトムの話が耳を素通りしていた。特に何か考え事をしていたわけではないのだが、何の話をしていたのだか忘れてしまっている。
「すんません、ちょっとぼーっとしてて……何の話でしたっけ?」
 首を傾げると、トムはテーブルに乗ったトレイの上に身を乗り出した。トレイの上には既に食べ終わった後のハンバーガーの包み紙が丸められている。コーヒーのカップには蓋がされているので残りの量はわからないが、灰皿には二本吸殻が入っていた。
 静雄の記憶ではトムはまだハンバーガーを食べていて、灰皿は空だった。吸殻の一本はトムの銘柄だが、もう一本は静雄が吸っている煙草だ。無意識のうちに煙草を吸っていたらしい。
「だから、俺が最近色白マンとダチに呼ばれてる話をな? いや、それより静雄、大丈夫か? 具合でも悪いのか」
「いや、昨日あんま寝れなくて……平気っす」
 目を瞬かせながら見下ろしたトムの手は、確かに夏より少し白くなったような気がする。指輪を嵌めた指先が持つ煙草の煙を一瞬目で追って、トムに視線を戻す。
「トムさん、地黒じゃなかったんすね。日サロとか行ってんですか?」
「そうよ、だからどっか安い日サロ知らねえかって……まあお前が知ってるわけねえわな。お前焼かねえもんなー」
「そうっすね……なんか、駅前に日サロあったのは覚えてんすけど」
「ああ、駅前何軒かあるんだけどよー、できればもうちっと安い方が……」
 言いながらコーヒーのカップを手に取ったトムに、ヴァローナが向き直る。
「疑問を提示します。日サロとは何ですか?」
「あー、嬢ちゃんは知らねえか。日サロって日焼けサロンのことでな、金払ってこうなんかごっついマシンに入って、マシンから紫外線浴びんのよ。そしたら日焼けできるっつー」
「目的が不明です。何のために有害物質をわざわざ浴びますか?」
「いやー、まあ確かにあんまやりすぎると良くないって聞くんだけどよ。サーファーとしてはやっぱ色黒い方がなあ……」
「理解不能。紫外線はシミ、ソバカス、肌荒れ、シワ、タルミなど、肌の老化を促進させます。皮膚ガン発生の可能性も否定できず。金銭を提供して老化選びますか?」
「あー、何つったらいーんかなー。なあ静雄、何とか言ってくれよー」
 ヴァローナの言葉に困りきったような顔をしたトムが、静雄にそう言った。三人で仕事をするようになってから結構経つが、トムはこうしてヴァローナの質問責めに遭うと静雄に助けを求めることが多い。
 ヴァローナの知識は豊富だが、ごく一部の若者に支持されている流行など、明確な理由のない曖昧なものが理解できないようなのだ。疑問に思ったことはすぐ口にする。始めは律儀に答えてやるトムだが、答えに窮すると静雄に振ってくる。
 トムにすら答えられないことが静雄に答えられるわけはないのだが、静雄はそれを嫌だとか困るとか思ったことはない。静雄はトムのように正確に答えようという気があまりなく、何となくの答を返していれば不思議とヴァローナは静雄の答に納得するようなのだ。静雄の深く考えない直感的な、だが断定的な答はヴァローナを安心させるらしい。トムにはそれができない。間違ったことを言えず、追究されればトムまで深く考え込んでしまうので、余計に曖昧になる。
 そのお陰でヴァローナは静雄の影響を受け、例えば喧嘩を売られたら五十倍にして返すのが日本人の礼儀だ、などという静雄独自の考えを植えつけられている。最終的に苦労するのはトムなのだが、二人ともそれには気付いていない。

[20101219] ◆TOP