BE MY TABU/本文38ページ目より抜粋
ぱさぱさ、ばさり。
月明かりに照らされた静かな部屋に満ちるのは衣擦れの音ばかり。
いつも鬱陶しいくらいによく回る口なのに、こんな時は無言なのが何だか意外だ。
暗い部屋に浮かび上がる背中が衣服を身に着けていくのを見ながら、平和島静雄は煙草を燻らせてはそんなことを考えていた。
「じゃあ俺帰るよ。バイバイ、シズちゃん」
「…………ああ」
きっちりコートまで着込んだ折原臨也が手を振るのに頷いて、だがその姿を見送ることはせずに灰皿に煙草を押し付ける。
扉の閉まる音を聞きながら、静雄は毛布の中に潜り込んだ。
犬猿の仲──そんな可愛らしいものではなく、寧ろハブとマングースだ──と称される二人が唯一停戦協定を結んでいるのが、この静雄の部屋の中である。
煽らない、怒らない、暴力を奮わない。
ナイフの代わりにシーツを握り締め、道路標識の代わりに痩身を腕に抱く。揶揄る声の代わりに嬌声を上げ、罵倒の代わりに鎖骨に歯を立てる。
二人がこの部屋の中でするのはそんなセックスだ。
きっかけは何だったのか、今となってはもう判然としない。
ただ覚えているのは、いつものように池袋の街で追いかけっこというには殺伐とし過ぎた攻防を繰り広げた後、息を切らせた静雄が足を止めて、近づいてきた臨也が静雄の唇に自分のそれを重ねた、ということだけ。
強いて言えばそれがきっかけだが、その時臨也が何を考えていたのか、静雄にはわからない。
見開いた目の向こうで、臨也の瞳が妖しく光っていたのを覚えている。
戯れのようなキスは徐々に深くなっていき、呼吸を奪い合うような激しさを見せ、そして漸く離れた唇の間を銀糸が繋いでいることを知覚した瞬間、それまで静雄の中で荒れ狂っていた怒りは嘘のようになりを潜めた。
臨也が静雄の部屋を訪れたのはその日が初めてだ。
静雄のアパートに辿り着くまでの間二人は──正確には臨也が──珍しく無言で、部屋の扉を開けるなり廊下の床に押し倒されても何も言わず、素直に身体を開いた。
静雄は何事かを深く考えることもなく、ただ衝動のままに黒いコートとジーンズを剥ぎ取って、そのまま臨也を抱いたのだ。
静雄の乱暴な、愛撫とも呼べない身体中を弄る手のひらに呼吸を乱して、碌に慣らされもしないまま雄身を受け入れた臨也は、だが苦痛を訴えたりするようなことはなかった。寧ろその時上がったのは、歓喜の声だったと思う。
だから静雄は臨也がこういう行為に慣れているのだと思い、思う様臨也の身体を貪ったのだ。